ベジタリアンは「菜食主義」ではない。自分らしくある唯一の方法とは


「ベジタリアン」って、なに?

 

 

職場でこんな会話が繰り広げられました。

 

 

 

A「インドってベジタリアン多いんでしょ?」
B「そうらしいですね」
A「キミ、インド出張行った時、何食べてたの?」
B「ノンベジ料理もありましたよ。チキンとかエビとかとか」

 

 

A「へぇ。でもベジタリアンの人は食べないよね?」
B「一つの店にベジ、ノンベジどっちもありましたし」

A「でもインドの人って太ってる人もいるよね」
B「そりゃあまあ。特に地位が上の人とか。でもベジの人もいますね」

 

 

A「肉も魚も食べないのに何で太るんだろうね」
B「…はぁ。食べる量じゃないですかね。あと運動と」

A「てかさ、実は食べてるんじゃない、肉。宗教上の事でしょ結局」

 

 

A「殺生はダメって言っても肉食べなきゃ身体がもたないし」
A「野菜しか食べないって、食べるものそんなにないし」
A「植物だって生きてるのに、殺生はダメとかよく言うよね実際」
A「押し付けられたって、こっちはホント迷惑だよ」

 

 

B「(誰が押し付けたっちゅうねんな)……そっすかね」
A「そうだよ!考えてもみなよ!………」

 

うんぬんかんぬん数十分。

 

 

 

ベジタリアンという言葉、みなさんご存知かと思います。
「菜食主義者」………では、ないってご存知でしたか。
ベジタブルとは全く関係なく、

「動物を傷つけない人」という意味だそうです。

 

 

 

ともかく、いろいろ定義されています。

 

「フルータリアン」:木の実しか食べない
「ヴィーガン」:肉、魚介、卵だけでなく油や出汁も食べない
「ラクト・オボ・ベジタリアン」:乳製品や卵は食べる
「ペスコ・ベジタリアン」:肉、卵、乳製品は食べないが魚はOK
「ノン・ミート・イーター」:肉は食べないが魚介はOK
「ポゥヨゥ・ベジタリアン」:肉の中でも鳥は食べる
「セミ・ベジタリアン」:肉をなるべく食べない
など(saisyoku.comから引用)。

 

 

 

一言にベジタリアンといっても、実にさまざま。。
中には、においの強い野菜や、根菜がNGという人もいるので、
野菜なら何でもOKというわけでもない。
ベジタリアンの数だけ違いもある、ということでしょうね。

 

 

 

ベジタリアンである理由

ベジタリアンの立場を取る理由も、人それぞれです。
宗教上、健康上、動物愛護などの思想上、ただ単に嫌い、など。
ちょっと違いますが、子供の頃に実家で飼っていた鶏を絞めて以来、
鶏が食べれなくなったなんて人も、私の周りにいます。

                         

 

     
実は、わたしの妻も肉、魚介は基本的に食べません。

 

 

乳製品、卵はOK。野菜も全般OK。
さっきの分類で言ったら、ラクト・オボと言えそうです。

 

でも、チーカマとかプリプリしないエビフライは食べます。
鰹だしもOK。逆に、においの強い新鮮なモッツァレラは食べれない。
となると、セミともペスコとも言えそう…。

 

 

 

食べない理由は、宗教でも思想でも健康でもないです。
彼女いわく「においが気持ち悪い」だそう。
昔はウィンナーやイカの刺身も食べれたそうです。
だんだんと食べれないものが増えてきて、最近は卵もイマイチとか。

 

 

 

あなたはどう思いますか?
彼女はベジタリアンか?ただの好き嫌い酷い人か?

 

 

 

 

 

 

 

 

正解は…

 

 

 

 

 

 

ありませんごめんなさい。
ご想像にお任せします。
妻本人は「どっちでもいいよ」と言っていますので。

 

 

 

ベジタリアンである理由で多いのは宗教と思想でしょう。
健康上の理由、というのも増えて来ています。
そのどれでもない妻のケースは珍しいのかな。すごいぞ我が妻。

 

 

 

正しいとか間違ってるとか

少し逸れました。

 

 

 

宗教、思想は「方向」を持っています。
正しいか、間違っているか、それが明確です。

 

 

健康もそうですね。
「こうすると良い」「こうしないと悪い」
ノウハウはあれど、どっち向きが正解かがはっきりしていますよね。

 

 

 

そして、自分のイメージや先入観も。思い込み、とも言えます。
「こうだろう」「こうに違いない」という方向があります。

 

方向がはっきりしていて、自信があると、人に伝えたくなります。
こうすればいいよ。こうなんじゃないの、と。
「いい」とする理由は、いくらでもあります。

 

 

 

イギリスでは約16%、アメリカでは約20%の人がお肉食べないよ、とか。
癌になる確率が上がるよ、とか。将来の飢餓が救えるよ、とか。
だからみんなベジタリアンになるべきだ、とか。

 

 

 

肉や魚が食べられないなんて、かわいそうだ、とか。
非ベジの人たちを良く思っていないだろう、とか。
だからベジタリアンは嫌いなんだ、とか。

 

 

 

少しグーグル先生に聞くだけで、その手のサイトはたくさん出てきます。
どちらの立場の主張もザックザクです。

 

 

 

 

そこで「どちらが正しいか」と考えた場合。あなたはどう思いますか?

 

 

 

わたしは、正解はない、と思います。
「ない」ということが、正しいと思います。

 

 

どの主張も、正しいケースと正しくないケース、両方ありますよね。

20%の人がベジタリアンということは、80%は肉や魚を食べるわけだし。
確かに癌になるかもしれないけど、日本での最大の原因は、
タバコ、感染性因子、飲酒らしいし。

 

 

ベジタリアン本人から見たら、肉や魚を食べない事が幸せなわけだし。
非ベジの人をとかく非難するベジタリアンもいるけど、
全く気にしない人もいるわけだし。うちの妻みたいに。

 

 

 

物事にはいろいろな面があります。

冒頭のA氏のように「ベジタリアン」という言葉に周りがもつ、思い込み。
そして、ベジと非ベジに分けた時、それぞれが持つ考え方や主張。
これをゴリゴリぶつけ合って押し付け合うから、お互い、極端になりますよね。

 

どちらの言い分も、正しくもあり間違ってもいる。ケースバイケースでしょう。
単にその人のひとつの意見なだけで、その人そのものを表したりはしない。

 

 

 

わたしは、肉も魚も好きです。

妻は、わたしが目の前で肉を食べても許してくれます。
見た目やにおいに思うところはあるでしょうが、
少なくとも食べてる本人を非難しません。

肉を買って調理するのは、全てわたしがやります。
そういうルールにしています。

 

 

 

インド出張した時もそう。
ベジタリアンが40%ぐらいいる社会なので、社会の仕組みは整っています。
肉や魚を出す店に、普通にベジタリアンの人も行きます。
チキンを食べている人の隣の席で、豆カレーとか食べています。

 

 

もちろん、絶対行かない人も、います。

同席したインド人はいわゆる「ヴィーガン」だったそうですが、
本人は「ぼくは肉や魚は食べないんだ」。
それでおしまい。

わたしたちには「ここのエビは旨いらしいよ」と勧めてくれました。

 

 

 

 

肉や魚を食べる事についてどう思うか、彼に聞いたことがあります。

 

 

いわく

 

 

「ぼくが食べない事について、君は何か思うのかい?」
「お互い、食べたいものをおいしく食べる。それだけだろう」

 

 

うん、それだけですね。

 

 

 

「違う」ことは自然なこと

隣の人が自分と違うことをしている。
それをそのまま受け入れるのか、はたまた「こうしろ」というのか。

 

 

 

自分の道を突き進むことは、わたしは、すごいことだと思います。
それを究められる人は尊敬します。

 

一方で、自分の道が正しい、と誰かに言ってもらいたい場合は、
気の合う同志を募って、邁進するのがいいのではないでしょうか。
違う方向を向いている人を振り向かせるよりも、ずっと前向きですよね。

 

 

 

自分と人は、当たり前に違うんです。
だから、自分とは違う、目の前にいるその人をそのまま受け入れる。
お互いに、自分とは違う視点の考えを交換する。
自分とは違うことをしている人に、知らない世界を教えてもらう。

 

 

 

それこそが自分の世界を深く、広くしていく方法だと。
そういう人たちと交わることこそが大事なのだと。
わたしは思います。


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筆者:鳴海 研

化学メーカーにつとめる30代理系サラリーマン。
一人っ子として育てられたと思ったら実は違ったり、
借金で育てられたり家族が蒸発したり会社の先輩が失踪したり、
色々経験する中で辿り着いた、本当に生きたい人生とは。
あなたはどんな未来を実現したい?そんなことを書いています。

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